2013年1月22日火曜日

震災がれき試験焼却の日に

 友人は私に話してくれた。
 
 震災がれきの試験焼却の日に、小さな子どもが大人に向って「大人は子どもを守ってくれなかったんだね」と言ったことを・・・。そしてその子は、試験焼却中止のビラを配っていた大人たちが「子どもを守るためにやっているのだよ」と言ったことを聞いて、ビラの配布を手伝っていたと友人は話した。

 未来に対して責任ある人間として、私は災害がれきの広域処理に賛成することはできなかった。「安全だから」と言われても、「環境省が認めている」と言われても、「災害時はお互いさまだから」と言われても、「痛み分け」と言われても、「困っている人を助けなければ」と言われても、「復興の妨げになっているから」と言われても、私は放射性物質の二次拡散につながる広域処理には、はっきりと「否・NO」と言うしかなかった。

 なぜなら、国と東京電力が福島第一原発の苛酷事故で放出した放射性物質の囲い込みに失敗したことで、すでに日本の大地や山河、海洋、空気において放射能汚染が進み、日々、私たちはそれらに曝され続けている現実に直面し、「もうこれ以上の放射能はいらない」と、生命に直結した人間の野性の感性が私の身体のなかで呻き出したからだ。

 2012年2月に始まった「ノーモア放射能キャンペーン@富山」は、団体と個人をつなぎあわせ、健全なる民主主義の実践を目指して、行政や住民に対して可能なアクションを実施してきた。しかし、国策に従順かつ強権的な姿勢で、震災がれきの試験焼却が富山県内で実施されてしまった。高岡での試験焼却の日、MLに「未来の人たちに対して申し訳ない」との書き込みを読み、感情的になった。

 そして今日(1月22日)、朝日町で震災がれきの搬入が実施された。

 かし、これで私たちは敗北を認めることはできない。私たちは放射能汚染の被害を受けることが予測される弱くて小さな生命たちのために、最後の最後まであきらめてはいけないと思う。未来に対して責任ある人間として生きているかどうかが、3・11を体験した私たちに問われ続けている。

 

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